• 仕事は幾つあってもいい!100年時代のビジネスライフ 1

仕事は幾つあってもいい!100年時代のビジネスライフ 1

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • LINEで送る

人生90年を見据え、50歳で迎えた転機。外資系キャリアウーマンからアートディーラーに転身した坂本澄子さん54才①

定年を意識しながら働くことに不安と疑問

大学を卒業後、大手外資系IT企業のIBMに27年間勤め、法人営業から営業部長へと20年以上営業畑を歩んできた坂本さんの仕事のストレスを癒してきたのは、「絵を描くこと」だった。

平日は子供と過ごす時間が少ないワーキングマザー。
休みの日くらいは思い切り何か一緒にやりたい。
そう考えていたとき、たまたま絵画教室の生徒募集のポスターが目にはいった。娘が4歳の時のことだ。
同じものを描いても、娘と自分とでは見方が違う。新鮮な驚きに夢中になった。
女性管理職を増やす会社の方針もあり、部下を持ち、育成する立場となったのは40代前半の時だった。
それまで一セールスとして自由にやってきたのが、リーダーとして部門の目標を背負い、部下に目を配りながら、顧客とのやりとりはもちろん、アメリカ本社との折衝と、同時進行でいくつもの役割をこなさなければならない。
力不足を感じることも多く、自分にその器があるのだろうかと悩む日々が続いた。

IBM時代-坂本澄子氏
IBM時代の坂本澄子氏

やがて50才に近づくにつれ、定年を意識しながら働くことに疑問と不安を持ち始める。同期の中には業界他社に好条件で転職する人もいたが、人生80年、90年として将来を見据えると、「自分で何かやっていきたい」と思うようになった。定年はいつか必ずやってくるのだ。
「そうだ、好きなアートを新たな人生の真ん中に据えて、それを仕事としてやっていく道はないだろうか」。
そう思った時、以前、バリ島を訪れた際に魅了された美しい絵のことが頭に浮かんだ。

※続きは明日更新

(文 槇 徳子)

バリアートショールーム トップページ:http://balikaiga.com/
坂本澄子の作品ページ:http://balikaiga.com/imagined-scenery
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • LINEで送る
槇 徳子(まき のりこ)プロフィール

1964年 名古屋市出まれ。
慶応義塾大学卒業後、名古屋のCBC(中部日本放送)、テレビ東京で合計20年局アナとして勤務。テレビ東京ではニュースモーニングサテライト、クロージングベルなど主に経済・金融情報番組に携わる。
2007年に円満退社の後2008年に株式会社エムシーストラテジーを立ち上げ、PRコンサルタント業に転身。マスコミに「もっと出るべき」経営者や研究者の活躍をサポート、これまで法人では延べ50社以上と契約、個人10人以上のメディアリレーションに携わる。
独立して10年の経験を活かして、人生100年時代に現役シニアを目指す人達の役に立ちたいと目下画策中。