• 仕事は幾つあってもいい!100年時代のビジネスライフ 2

仕事は幾つあってもいい!100年時代のビジネスライフ 2

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人生90年を見据え、50歳で迎えた転機。外資系キャリアウーマンからアートディーラーに転身した坂本澄子さん54才②

IBM退社、バリ絵画専門のアートディーラーへの転身

バリ島の絵画に出会ったのは、勤続25年のリフレッシュ休暇をとった時だ。

アーティストの村としても名高いバリ島のウブドゥを初めて訪れ、あまりの画家の多さに驚いた。
ギャラリーや画家のアトリエが軒を連ね、絵の具箱をひっくり返したように、様々な絵が売られている。まさに玉石混交の世界だ。

そんな中、ある女性アーティストに出会った。ウブドゥの美術館で作品を見て、強く心を惹かれ、思い切ってアトリエまで訪ねていったのだ。彼女の名はガルー。
アトリエには夕暮れの空を映す水田に家鴨が影絵のように浮かび上がる幻想的な風景画があった。
数日前に完成したばかりだという。
その絵がほしくてたまらなくなり、思わず値段を訊いた。一般的なバリ絵画に比べると、決して安い金額ではなかった。

カ゛ルーさんを初めて訪れた時-坂本澄子氏
カ゛ルーさんを初めて訪れた時-坂本澄子氏

しかし、これだけ素晴らしい作品が、普通の会社員の自分にも手が届くことに、高揚感を覚えたのだった。

そんな記憶が蘇ってくると、居ても立ってもいられなくなった。
「何万、何十万枚もの絵の山の中から宝を探し出すように、目利きになって、本物の絵を日本に紹介したい」と思いは募るばかりだ。
しかし、その一方で、日本とは考え方も商習慣も異なるバリ島。
時々日本から通った程度では、気難しいアーティストたちと互角に渡り合えないことも容易に想像がついた。
娘を残してバリに移住することはできない。

木村薫さんと-坂本澄子氏
木村薫さんと-坂本澄子氏

そんな時、10年以上バリ絵画を扱い続けてきた、ウブドゥ在住の木村薫氏と知り合う。
バリ絵画を扱いたいと熱くなる坂本さんに対し、諭すように、日本で絵を売ることの難しさを教えてくれた。
それでも諦められず必死で食い下がる姿を見て、そこまで決意が固いのなら、全面的に協力しましょうと、木村さんもパートナーシップを受け入れてくれたのだった。
そこから一気に加速し、IBMを退職した2013年2月にはバリ島絵画を扱う準備は整っていた。

最初の展示会を東京の麻布十番で開いたのは、そのわずか2ヶ月後だった。
IBM時代の元上司・同僚たちが駆けつけてくれ、「お祝儀買い」もあって、一回目としてはまずまずの成功を収めたが、本当の難しさに直面するのはそれからだった。

※続きは明日更新

(文 槇 徳子)

バリアートショールーム トップページ:http://balikaiga.com/
坂本澄子の作品ページ:http://balikaiga.com/imagined-scenery
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槇 徳子(まき のりこ)プロフィール

1964年 名古屋市出まれ。
慶応義塾大学卒業後、名古屋のCBC(中部日本放送)、テレビ東京で合計20年局アナとして勤務。テレビ東京ではニュースモーニングサテライト、クロージングベルなど主に経済・金融情報番組に携わる。
2007年に円満退社の後2008年に株式会社エムシーストラテジーを立ち上げ、PRコンサルタント業に転身。マスコミに「もっと出るべき」経営者や研究者の活躍をサポート、これまで法人では延べ50社以上と契約、個人10人以上のメディアリレーションに携わる。
独立して10年の経験を活かして、人生100年時代に現役シニアを目指す人達の役に立ちたいと目下画策中。