• 仕事は幾つあってもいい!100年時代のビジネスライフ 11

仕事は幾つあってもいい!100年時代のビジネスライフ 11

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プレイボーイグループの編集部勤務から、出版プロデューサーほかスラッシュに活躍する久本勢津子氏 4

2000年代からは再び単行本にシフトした。山咲千里氏の『だから私は太らない』『美肌』、SHIHOの育ての親であるモデルエージェンシーの代表・小林悟氏の『美人塾』等が次々10万部を突破したため、“ビューティ”専門と言われた時期もあった。
しかし、人は大きく考え方を変えざるを得ない出来事に遭遇することがある。
久本さんの場合は、2011年の東日本大震災が転機となった。

津波による痛ましい被害に続く、原子力発電所の爆発という状況は、人生の優先順位を大きく変えさせるのに十分だった。
本当のことが伝わってこないフラストレーション、得も言われぬ恐怖感に苛まれる日々。自分の周りでは海外に逃げた人も多く、海外に居を移すことも考えたが、自分が収入を得る場所は日本、しかも東京しかないと結論を出した。一方で、情報発信に携わってきた者として大きな使命感も生まれた。

震災直後に内科の女医と作った本のタイトルは『放射能に負けない体のつくり方』だった。
また、大震災で総指揮を執った海上自衛隊の元横須賀地方監長の本『武人の本懐』も手掛けることになった。

3・11を経て、個人の価値観が変わらなくてはならない局面で、自分ができることは何か。現在の課題と問題を分析し、将来の日本、世界の様子をシミュレートする人たちとも縁が深くなっていく。
その一人である高城剛氏とは、海外で起きていることを日本の若者に伝えたいという想いを本という形にしている。
また、パリを本拠地として、世界の海の環境問題を探査・研究し、米科学誌『Science』にも大きく取り上げられたタラ財団とは、アドバイザー契約を結び、2016年、2017年とNHKでドキュメンタリー番組を作ってもらった。
2018年までの太平洋の珊瑚研究プロジェクトを経た後、2020年からは北極点で氷の観測プロジェクトに入る。
いずれも地球の温暖化に警鐘を鳴らすものだ。

独立してから、沢山の仕事、肩書きを持つに至り、スラッシュ・パーソンとして活躍している久本さんに、その秘訣を聞いてみた。

1.人と会い、人を知り、コミュニケーション力を磨く
2.仕事は誠実に、自己満足ではいけないと知る
3.ステークホルダーに分け前が渡るようにビジネス力をつける

ネット時代だからこそ、ライブ感を持って実際に人に会わなければ何も生まれない。
また、人々が喜ぶものを出し、その対価は関わった者が上手く配分できなければビジネスとはいえない。
出版社に勤め始めた頃には想像もしなかったミッションとビジネススキルが自分の中に生まれていた。
これからも自分の変化と新たな出会いを楽しみに、一生働き続けたいと思っている。

(文 槇 徳子)

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槇 徳子(まき のりこ)プロフィール

1964年 名古屋市出まれ。
慶応義塾大学卒業後、名古屋のCBC(中部日本放送)、テレビ東京で合計20年局アナとして勤務。テレビ東京ではニュースモーニングサテライト、クロージングベルなど主に経済・金融情報番組に携わる。
2007年に円満退社の後2008年に株式会社エムシーストラテジーを立ち上げ、PRコンサルタント業に転身。マスコミに「もっと出るべき」経営者や研究者の活躍をサポート、これまで法人では延べ50社以上と契約、個人10人以上のメディアリレーションに携わる。
独立して10年の経験を活かして、人生100年時代に現役シニアを目指す人達の役に立ちたいと目下画策中。