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玄米菜食で生活の根本から健康に。広瀬美和子さんインタビュー。

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自分の知識で、少しでも多くの人の力になりたい”さまざまな人の病気と向き合ってきたからこそ、伝え続けたい健康のこと―広瀬美和子さんインタビュー
日本雑穀協会の広瀬美和子さんは、これまで日本各地で雑穀を使った健康料理を紹介する教室などを主宰してきた雑穀エキスパート。
介護の必要な家族や、病気の家族を持った人たち、また自身の健康に不安をもった人など、教室の受講者は後をたたない。
これまで多くの人の命と向き合い、悩みを共にし、健康を支え続けてきた広瀬さん。
今回はこのような活動に込められた思い、広瀬さんの健康料理の中心である、玄米菜食の基本について紹介したい。

玄米菜食とは

「当時、これ以上の食事はないというのが玄米菜食だったんです。最強の食事でした。医者から、末期ガンでもう出来ることはないと言われて来るような人も多かった。玄米が身体にいいと聞いてくるんです。そういった方には、肉なんかの動物性のものを一切とらせません。本当にひどい進行したガンの人は魚もダメ。こぶ、大豆、お豆腐などがメインです。それでも十分食べられます。日本のお寺のお坊さんはとても長生きしていますよね?お寺のお坊さんと同じで、ある意味、精進料理に近いですね。」

玄米や雑穀が身体に良いということはよく知られているが、栄養学などの理論に裏付けられ、それらが最大限に力を発揮するように作られていたのが、当時の玄米菜食であった。
今では、白米に混ぜて簡単に炊くことができる雑穀などもあるが、当時の玄米菜食はそれらとは異なる。春夏秋冬、その季節の養生に必要な自然からのエネルギーがたっぷり含まれている。
硬い玄米を何時間もかけて炊き、メニューのさまざまなところに雑穀を使用し、更に季節の食材を用いて全体の栄養バランスなどもすべて計算した上で作る。

病気の人をはじめとした、人の健康のことを第一に考えた食事。
いわば徹底した食事療法であり、健康のための最強の食事だ。

「病気の根本を直すことはできないが、身体はすごく楽になります。」

それまでガンや生活習慣病などで、身体のさまざまなところに不調が出ていた人が、身体が軽くなった、気持ちが楽になった、ずっと飲んでいた薬を飲まなくても良いくらい症状が改善された、毎日辛かったのが噓みたい、などと口を揃えて言う。
薬や通院などで解消されなかった身体の不調を、身体のエネルギー源であり身体そのものを作る食事からアプローチすることで、さまざまな形で改善をはかる。
日々の生活の根本である食事を見直し、主体的に改善していくことが玄米菜食の基本なのだ。

広瀬さんの玄米菜食との出会い

「原点は父ですね。父は森下敬一さんという方に興味があり、その人の森下医学という本が毎月家に届いていました。世界の長寿国を回ったレポートやそこで出された食べもののことなどが描かれていました。子供のころから食に興味があったので、その本を見て母に玄米菜食を作ってもらっていたんです。その後、家で雑穀料理を食べなくなっても、ずっと興味はありました。母が作らなくなってからも、添加物のはいったものは食べるべきではないという母の教えはいつも実践していて、いい加減なものは作らないと決めていたんです。」

玄米菜食とは、子供のころから既に縁があったという広瀬さん。
その後のさまざまな料理教室の中で説いてきた健康料理に対する価値観は、この頃から作られ始めていたのだろう。

教室に通い、独立へ

「教室にいこうと思ったのは、たまたま自然食のお店で商品を買っていた時、お店の人からどうやって食べるのかと質問されたのがきっかけでした。なかなか当時雑穀など多く買う人は少なかったので、聞かれたんでしょう。そこで、今度そういうのを教えてくださいといわれて、人に教えるならちゃんとしたところで学ぼうと思ったんです。」

当時健康運動というものがあり、東条百合子氏によって書かれた『家庭でできる自然療法』が大ベストセラーとなっていた。
広瀬さんが通った教室は、この東条氏によって主催された「あなたと健康社」という料理教室。
“生きることは食べること、食べることは生きること”という考え方が、そこでの基本になっていたという。
さらに「あなたと健康社」では、ただ料理を教えるだけでなく、家庭で出来る手当て法も教えていた。
お医者の替わりは出来ないが、食事を替え、手当てを取り入れることで体が楽になる人が大勢いた。

「当時玄米菜食を基本にした料理方法は珍しく、噂を聞いて全国から通ってきている人がいました。何年か通い、教室の全ての過程を終えた後、そこで終わりにしたくなかったので、半分本気で半分冗談で、お鍋を洗うだけでもいいからいさせてくださいといいました。そのまま助手をさせてもらいました。」

そして7年ほどそこで努め、平成3年に独立。自らの料理教室を立ち上げた。

教室に来る、さまざまな悩みを抱えた人たち。人の病気と、生死と向き合う。

「当時通っていた教室では、隣の部屋で病気の相談を受け付けていました。」

玄米が体にいいということを聞き、ガンをはじめとした様々な身体の悩みを抱えている人達がその教室には訪れていた。

「世間でいう料理教室とは違っていると思います。」

広瀬さんの料理教室では、実際に困っている人が身近にいた。
病気の家族を支える人達のみならず、その人本人が教室を訪れ、病気の相談をしていく。
困っている人が目の前にいたことで、さまざまな病気と向きあうこととなった。
また、広瀬さん自身もある時期、さまざまな問題に悩まされストレスから身体を壊してしまったことがあったという。

「それもあって、なんとか体をちゃんとしたいという気持ちがありました。世の中に健康法があふれている中で、ぶれないものが必要だと思いました。自分が元気でないと家族は守れない。自分の病気の経験から、人のストレスを解消することがしたくなったんです。」

さまざまな試練を超えてきたからこそ、他人の痛みがわかる。
病気の人の苦しみや孤独に寄り添い、死と向き合い、その人達のために最善を尽くしてきた広瀬さん。
広瀬さんの言葉や口調からは、大きな愛情が感じられる。

自分の知識で何か気づいて、何か感じてもらいたい。60歳を過ぎた今でも。

「心と体と両方を満足させる食事が大切。心だけではだめ。」
広瀬さんはこのように話す。

現代の若者の中には忙しい生活を送っている人も多い。
自分の仕事ややりがいのために生活することも一つの生き方であり、もちろん大切なことである。
しかし、重要なのは少しでも関心を持つこと。
心を満たしているからといって、必ずしも身体が満足しているとは限らない。
病気になるまで、なかなか声が聞こえない部分であるからこそ、日々少しでも気遣うこと。
自分を大切に思ってくれている人のためにも、日々健康でいることはとても重要だ。

「60歳を超えても教え続ける理由は、大切なことだから。やってきたことや学んできたことをただ自分のものにするだけではなく、少しでも伝えたいと思います。それは自分にとっても、生きてきた意味になるから。10のうち1つでもいい。自分の知識で何か紹介して、その人が喜んでくれることがやりがいです。全部手渡すことはできないけれど、会った人に少しでも何か感じてもらえればうれしい。実践的な知識をより多くの人に知ってもらい、生活の中に役立ててもらいたいです。」

広瀬さんの料理法は、薬に頼ってしまう現代の治療法、食事が偏ってしまう若者や年齢に伴う身体の悩みを抱えたシニアにとって、間違いなく価値のあるものである。
これまで広瀬さんによって助けられ、広瀬さんを慕う人は数知れない。
ガンの人の命を救うことはできないかもしれないが、家庭で出来る食事で身体全体のさまざまな不調から楽にしてあげることはできる。
自らも多くの葛藤を抱えながら、他人の健康のために、雑穀だけに留まらず今も出来ることを探し続けている広瀬さん。
その教えは今尚、多くの人の心を動かしている。

日本雑穀協会
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