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  • “時間は作るもの” 元国連事務次長が多忙な人生を振り返り、Agelessな生き方について考える。

“時間は作るもの” 元国連事務次長が多忙な人生を振り返り、Agelessな生き方について考える。

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「人生70になると、大体わかってる。知恵もわかってる。何かをこれからやって人生を変えていくっていうにはちょっと遅いんだよね。だから、これからシニア世代に何かしようと思ったら、今までの知恵を活かして、自分を変えようっていうんじゃなくて、自分を活かしながら周りに適応していくこと。自分を変えようなんて言うのは無理。それより十分な知識や経験があるんだから。その知識を力にしていくんですよ。」

こう語るのは元国連事務次長の田中信明さん(70)。
田中さんは、1970年に外務省に入省後、ベテラン外交官として、サンフランシスコ総領事、駐パキスタン大使、ユネスコ事務次長(財政、人事、総務担当)などを歴任した後、その実績と経験から2006年に国連事務次長(軍縮局長)に任用された。
まさに、日本の外交の最前線で経験を積んできた国際交流のスペシャリストだ。
国際舞台で様々な問題と闘い、日本と世界の国々を支えてきた田中さんに、現役時代の多忙な生活と、今考える今後の生き方についてお話を伺った。

世界を回って学んだ“順応する脳力”

田中さんは国際機関の経験が長く、1980年代には国連広報局で明石康事務次長の下、広報官を務めている。
湾岸戦争の際には北米一課長として、議論の真っただ中にいたという。

国同士の問題や重要機密を扱う身として、命の危険を感じたこともあると語る田中さん。
緊迫した状況の中で重要な決断を迫られるプレッシャーは、相当なものだ。

「転々とする人種で生きていくためには、天下に順応する能力が高くないとどうしようもないんですよ。若い時はスラム街を見ながら無駄な時間を過ごしてるんじゃないかと思ったこともあったけど、基本的にはそこで楽しいことを見つけて追求していくと面白いんです。パキスタンもトルコもフランスもイスラムも行ったけれど、どこの国に行っても面白かったです。大使になってからは動かしていくという立場になって、視野がぐっと広がった。パキスタンもトルコも、動かさないといけないものがすごく多かった。人権問題、テロリズムの問題、援助の問題、地震救助の問題、文化交流の話、全部あったからね。でもそれぞれのところで、順応してく。そうしないとやっていけないんです。」

重要な役職を歴任しながら、様々な国を回り、その時々の問題と立ち向かってきた田中さん。
外交の最前線で力を発揮してこられたのも、絶え間ない努力あってのことだろう。

時間は作るもの。与えられるものではない。

外務省の生活は、課長までがとても忙しかったと語る田中さん。

「毎日12時過ぎですよ。本当に忙しかった。でも、そんなの日常茶飯事ですよ。」

日々めまぐるしく変化し、新しい課題や問題が発生する外交の世界で、多くの人を動かし問題解決に尽力していくことには、おそらく私たちの想像を超えた責任や負担があるだろう。
しかし、田中さんの話からは、そんな多忙さの中に確かなやりがいを感じ、自ら楽しみ、日々を充実させてきたという様子が伺えた。

時間は作るもの。与えられるものではない。まして与えられたら十分に活用すべき。忙しければ忙しいほど自由な時間が生まれて、その時にワインの勉強をしたりできるんですよ。周りにも、どんなに忙しくても寝る前に1時間は必ず読書をする、というような人もいた。

田中さんはワイン学校に通っていた経歴を持ち、外務省の中で最初のワイン・エキスパートになったという。
多忙な田中さんだからこそ、言えること。
田中さんの言葉は、忙しいと言われている現代社会を生き抜かなければならない私たちに、多くの勇気を与えてくれるのではないだろうか。

歳をとることに関しては考えない。絶えることのない“知的好奇心”

田中さんがこれほどまで心身ともに若く、アグレッシブにあり続けるのには、常に新しいことに興味を持ち、何かに熱中しているからなのだろうか。
田中さん自身は、年齢について以下のように話す。

歳をとることに対してプラス、マイナスのようなことは特に考えていないけれど、歳をとると身体が動かなくなっていくというのは感じます。自分自身はまず健康。30年以上前から食事にはすごく気を使っています。ベジタリアンをやったこともあるし、間食はしないし、コンビニ弁当は食べない。脳は内臓のコントロールから、手足のコントロールまですべてやるから、すごく重要。現役で大学の授業をやって、物を書いたり、分析作業をすることでボケないでいられる。そうやって健康を軸にいろんなことをしている。いつまでたっても精神的に若い、一番の秘訣は、恋愛してることですよ。何かに、誰かに。時折見つけてそれを掘り下げていく。知的好奇心は尽きないです。

多くのことを経験しやりたいことはやりつくしてきたと語る一方で、お話を聞いていると、やはり今でも身の回りの様々なことに目を向け、興味関心を持ち続けているということが感じられる。

目的意識がないと人生は楽しくない。人生、何をしたいのか、何のためにやるのか。目的はやっぱり抽象的なものですよ。お金持ちになる、というようなことは目に見えるものだけど、そうとは限らない。それを自分の中でしっかり持っていること。

仕事と趣味の世界どちらにおいても、新しいことへの興味を絶やさず、何かを追求していくことが、いくつになっても物事にやりがいを見つけ、人生を楽しんでいく秘訣なのかもしれない。

70歳を超えた今

多忙な人生と共に、多くの苦難を乗り越えながら日本を支えてきた田中さん。
70歳を超えた今、決して卑屈にならず『自らの人生を認め、知識や経験を活かすことによって70代を生き抜く道』を歩み続けている。
いつまでも力強く、アグレッシブに生き続ける田中さんの姿は、Ageless Lifeの理想像と言えるのかもしれない。

培ってきた知恵と経験を活かし、ぜひこれからもそんな素敵な信念を貫いてもらいたい。

プロフィール経歴 田中信明(たなかのぶあき)

東京大学法学部卒業後、1970年外務省入省。ケンブリッジ大学キングスカレッジ卒(経済学修士)。世界平和研究所主任研究員、早稲田大学国際部非常勤講師(1987~1992)、同志社女子大学教授(2002~2004)を勤めながら、大洋州課長、企画課長、北米一課長、外務副報道官、北米局・総合政策局審議官、サンフランシスコ総領事、駐パキスタン大使などを歴任。

国際機関の経験が長く、1980年代には国連広報局に明石康事務次長の下で広報官、1994-1997年にユネスコ事務次長(財政、人事、総務担当)を務める。その実績と経験が評価され、2006-2007年にアナン事務総長を補佐し、国連事務次長(軍縮局長)に任用される。
その後、2007-2011年に駐トルコ日本国大使を務める。
2011年にガイアコンタクトを設立し、現在、コンサルタントとして活動中。
沖縄科学技術大学院大学 評議員
日本・中東医学協会 理事

ブルゴーニュ、ボルドー騎士団員、ワイン・エキスパート、WSET上級有資格等ワインに関心あり。

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