Information of Ageless
Agelessとは
Beauty&Health
美容・健康

80代で迎えたモテ期!小林照子奨学金で多くの若者を育てたい

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • LINEで送る

小林照子 プロフィール

美容研究家 / メイクアップアーティスト/株式会社 美・ファイン研究所所長 / 株式会社フロムハンド代表取締役社長 / [フロムハンド]メイクアップアカデミー学園長 / 青山ビューティ学院高等部学園長 / JMAN(Japan Make-up Artist Network)理事長 / エンゼルメイク研究会 副会長

1935年生まれ。(株)コーセーにおいて長年にわたり美容について研究し、その人らしさを生かした「ナチュラルメイク」を創出。
そのコンセプトに基づき、教育・商品開発に取組み多くのヒット商品を生み出す。
メイクアップアーティストとして、広告・ショー・テレビ・舞台など、女優から一般の女性まで何万人ものイメージづくりを手がける。
どんな人でもきれいに明るくすることから「魔法の手」を持つと評される。
(株)コーセー取締役・総合美容研究所所長を退任後、独立。
「美」と「輝く魅力」をテーマとした(株)美・ファイン研究所を1991年設立。
独自の理論で開発した「ハッピーメイク」はマスコミの話題となり、サロンスクール、アドバイザリーコースを開講、個人のためのイメージメイキング、修了者によるハッピーメイクネットワークの会も組織している。
また、青山ビューティー学院高等部では美容に特化した高等教育を、[フロムハンド]では、トータルビューティの本格的プロを養成、数多くの卒業生を世に送り出している。

現在は、あらゆるビューティビジネスに向けてのプランニング、コンサルティング、社員研修の他、死化粧の理解を深めるエンゼルメイク研究会、メイクアップを軸に社会貢献を目指すジャパンメイクアップアーティストネットワーク(JMAN)など様々な活動を意欲的に行っている。
また、メイクアップアーティストとして、全身にメイクアップを施す「からだ化粧」でも世界的に高い評価を受けている。

80代はモテ期 !?

――80代に入られてからもまさに世界各国で活躍されていますね。

お蔭様で「グローバル モテ期」と言っているんですけど、昨年末のNYでの講演会に続いて、今年の春は上海国際ウーマンサミットからも講演に呼ばれたり、海外に向けての情報発信で忙しいですね。
最近気がつきましたが、私が提唱してきた「日常的に自分をいつくしむ」という美容の基本は、どんな国の老若男女でも受け入れられます。
メイクをするというと気構えられてしまいがちですが、「人前に出る前に自分を仕立てる、そして自分のモチベーションを上げる」という発想を持ってもらえれば、国境は関係ありませんよね。

色々な会や教育、企業に関わっていることもあり、講演会は月に10回ぐらいのご依頼をいただいていて、そのうち毎月5、6回は講演しています。

日常的に自分をケアして可愛がってあげれば、年齢の落ち込みをもケアしてあげられるということをもっと沢山の人にわかってほしいですね。
最近は男女関係なく更年期の乗り越え方について話す機会も増えてきました。

男性も女性も更年期のエネルギー切れをどう補うか?

――男性にも更年期の乗り越え方のお話は好評ですか?

自然光が温かく包むオフィスにて

女性は40代50代で自覚もあるし、女性の更年期についての情報も近年は多いのでその時期を過ぎたら一気に元気になる方も多いのですが、男性は女性より緩やかに更年期を迎えるので、対処しないまま長引いてしまう人も多いようですね。
「ホルモンが減ったら、自家発電を!」が、更年期の方々に捧げたい言葉です。
これまで仕事に、家事や子育てにと我が身を振り返る暇もなかった人たちに、まずは自己愛を取り戻してほしいのです。
自分を愛すれば、人にももっと愛情を注げるようになるものなのです。

何でも良いところをみる

――自分を愛すると言えば、小林先生はメイクアップアーチストになりたての頃から50年前当時のメイク教育「欠点修正法」に、とても違和感を抱いていらしたそうですね。

そうそう、当時は西洋人の顔立ちを良しとしていて、東洋人の目鼻立ちや輪郭などあらゆるものが「欠点」とされていたのね。欠点を見つけても、良さが活かされないじゃないですか。
やはり、減点法じゃなくて、加点法。
加点法でメイクをして自分の顔を作っていくことが大切なんです。
今でもメイクアップアーチストの授業では、最初にそれぞれの「良いところ」を言葉にして教えてあげています。
そうすると、皆パッと顔も輝くの。いいところを見つけて伸ばすことは教育の基本ではないかしら。

人生100年時代。50代以降の目標をどう実現してきたのか

――50歳でコーセー初の女性役員になられたにも関わらず、任期半ばで退任され独立、起業されましたが、その頃から将来に向けたビジョンはお持ちだったのでしょうか?

実は私が若い頃、コーセーでは女性の定年は45歳だったので、44歳で会社に辞める意向を伝えたらその後、定年規定も変わりました。
そして、私がやりたかったメイク学校の企画書を出すように言われたのです。
結局、コーセーによってメイク学校が設立されることになり、個人の力ではとうてい及ばない大きなスケールで運営することができました。
その後、教育を永遠のものにする必要を強く感じて役員も辞任し、独立することにしたのです。
というのも、40歳の時、40代からの人生を考えるために旅に出たことがあったんですね。
アメリカの列車、アムトラックで旅をしている間中、ずっとこの先の人生のことを考えていたのだけれど、バラバラしていてうまくまとまらなかった。
そうしたなか、ニューヨークに到着し、日本食レストランでのちに親友になるMIWAさんと出逢い、MIWAさんから「何故コーセーの美容部長を辞めてまで独立したいの?何でそれをしたいの?何のために?」と質問攻めにされ、一晩に渡り、自分の中にある思いや考えを滔々と語り明かしたことで、ずっとまとまらなかった考えが頭の中でスーっと整理できたのです。
今振り返ると、そこで40歳の自分が語ったことが、のちの人生の設計図のようになり、結果、全て実現してきました。

老いることはマイナスと捉えられがちな社会へのメッセージ

――人生100年時代を生きる人々に前向きになってもらうために、どんなことを伝えたいですか?

小林照子さんと槇 徳子さん

人生の後半戦で後ろ向きになる人は、自分の人生のピークは38歳ぐらいだったと決めている方が多いと思うのです。
ですから、その後の年代はどうしても減点で捉えてしまいます。
若い頃に元気を補うホルモンが減った分、朗らかに生きて自家発電することが本当に大切です。

――これからの先生の目標を教えて下さい。

トータルで人をきれいにできる美容家、メイクアップアーチストをもっと育てるために奨学金制度をマネージする会社「小林照子株式会社」を設立して、プロになるための勉強を支援する教育費を援助してあげたいと考えています。
資金を貸したら、半分差し上げて半分は返してもらうといったシステムを構築するつもりです。
国家資格などに頼らない「小林照子イズム」を普及して、もっともっと留学させたり、社会に役立つ活躍をした人を表彰したり、ビューティーの世界でグローバルに活躍できる人材を育てていきたいですね。
そして、折角の「80代のモテ期」ですから、フルに活かして、必要とされるところにはどんどん伺ってお役に立ちたいと思っています。

インタビュー・文/槇 徳子(元テレビ東京アナウンサー/PRコンサルタント)

  • Twitter
  • facebook
  • hatebu
  • google+
  • Twitter
  • facebook
  • hatebu
  • LINE
  • google+